浄土真宗本願寺派(西本願寺派)


 「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」と歌った歌人がいました。苦しみは、一時忘れることがあっても、生きる限り繰返されます。迷いの生を生きている「いのち」の本質を言い当てているような気がします。私達は、過去から未来へ、先祖から子孫へと繋がる「いのち」の潮流に気付き、その刹那に生きる「私」の存在に息をのむことがあります。娑婆の苦楽に浮沈する「私」は、この「いのち」の圧倒的な暴流の裡で、御しがたい「心」と老・病・死の「身」に翻弄されつづける過酷な存在です。この事実を誤魔化すことなく自分の存在に正面から向かい合うきっかけを仏縁といいます。仏縁とは、仏の「智慧」と「慈悲」によって煩悩の氷が溶けて菩提の水になるように、私の「いのちの源流を見抜き、何が問題であるかに気付いて往く不思議を自覚できるということです。この「真実」に気づき、わが子わが孫は勿論一人でも多くの縁ある人に、伝えていってほしい…その思いが念仏者の行動となり、浄土真宗の文化をかたち作って来ました。その一つに永代経法要があります。本徳寺に何がしかの縁ある皆様に、下記、永代経法要のご案内を申し上げます。

お知らせ

2026 永代経

本徳寺では下記の通り、永代経法要が勤められます。「永代経」という名のお経が別にあるわけではありません。仏様の願いに目覚めた人が尊いみ教と仏様のお徳を子々孫々に伝えるための法要です。さらに、死別を縁に人の命のありようと行く末を仏様の願いの中であきらかにし、仏徳賛嘆の行に自参して故人との関係を完成する営みでもあります。

2026 春 彼岸会

お彼岸」は、古代から今に続く日本特有の仏事です。お墓参りをして先祖の生死に思いを馳せ、自らのいのちの本性を自覚する営みです。しかし、その真意を知る者ははなはだ少ないようです。「彼岸」とは正しくは「到彼岸」、つまり此の岸を離れ彼の岸に「私」が到ると言うことです。娑婆の定見では、この世からあの世である。ご先祖様はあっちに行ったけど私はまだこっちにいる。いずれは私も逝くけどまだまだ早い。いつまでもこの世に未練がある。

2026 御正忌報恩講

来る1月13日より16日まで聖人の御正忌を勤めさせて載きます。人の一生は娑婆での修行。娑婆の迷いから浄土のさとりへ、仏様の智慧の世界から命の本性を見抜かれた親鸞聖人のご威徳を報恩講で偲ばせて頂きます。

2025-2026 除夜会・元旦会

令和七年が終わります。無事に過ごせた人、大事を経験した人。仏樣の智慧を頂いてこの私の一年を静観してみよう。支えてくれた人やモノが見えてくる。感謝の気持ちを鐘音に込めましょう。 令和七年。新しい年が始まります。なにがおこるか分からぬ娑婆の命。南無阿弥陀仏の弘誓に目覚め、信心ひとつで老・病・死を生き抜こう。

2025 彼岸会

9月22日から24日までの3日間お彼岸の行事を勤めます。此の岸から彼の岸に到る仏縁を頂く行事です。此岸とは煩悩の苦楽に明け暮れる娑婆の日常世界。死んだら終いという迷いの世界です。念仏者はこの娑婆界で老・病・死を修行して、仏智に目覚め、迷いの「我執」を捨てて信心一つで浄土のさとりにいたります。これを彼の国に到ると言う事から到彼岸と言います。

過去のイベントギャラリーへ

亀山本徳寺で行われた様々な催しの樣子をご覧いただけます。

蝋燭能、音楽祭、映画ロケ、モダンダンス、書道展など、本徳寺ならではの空間を生かし多岐にわたる表現の場を提供しております。

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