令和7年が終わり。悲惨な娑婆に身を置きながらも、お念仏に促されて、新しい年が始まります。思えば、娑婆に生息する私たちは、多くのものとサービスに囲まれ、多様な生き方を享受しつつも、その豊かさが実感できません。批判や言い訳は得意ですが、己を支えている人やものの存在に気付くことは希です。生きていくために多くの知識と見解をもちながら、肝心の己が何ものであるかを知りません。目
先の損得には敏感ですが、事の真偽には疎いようです。過剰な人生観「如何に生きるか」はあっても、たった一つの死生観「如何に死ぬか」をもてないのは悲惨です。喜びや悲しみをかかえても、それを他者と共有することができない空しさ。こんな閉塞社会で、人はとまどい、孤立し、不安を抱き、最後の一息まで右往左往して骨になっていきます。人と自然が対立し、己と他者とが分断され、生きることと死ぬことが乖離したこの時代に、生死出離の一大事を親鸞聖人の生き方から学ぶことは何よりも大切なことです。年頭より、親鸞聖人の報恩講を厳修いたします。とりわけ15日(木曜)・午後2時の報恩講式の「私記文・嘆徳文」の拝読を頂き、聖人の娑婆での生き様を聴聞されます様ご案内申し上げます。
