浄土真宗本願寺派(西本願寺派)


 「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」と歌った歌人がいました。苦しみは、一時忘れることがあっても、生きる限り繰返されます。迷いの生を生きている「いのち」の本質を言い当てているような気がします。私達は、過去から未来へ、先祖から子孫へと繋がる「いのち」の潮流に気付き、その刹那に生きる「私」の存在に息をのむことがあります。娑婆の苦楽に浮沈する「私」は、この「いのち」の圧倒的な暴流の裡で、御しがたい「心」と老・病・死の「身」に翻弄されつづける過酷な存在です。この事実を誤魔化すことなく自分の存在に正面から向かい合うきっかけを仏縁といいます。仏縁とは、仏の「智慧」と「慈悲」によって煩悩の氷が溶けて菩提の水になるように、私の「いのちの源流を見抜き、何が問題であるかに気付いて往く不思議を自覚できるということです。この「真実」に気づき、わが子わが孫は勿論一人でも多くの縁ある人に、伝えていってほしい…その思いが念仏者の行動となり、浄土真宗の文化をかたち作って来ました。その一つに永代経法要があります。本徳寺に何がしかの縁ある皆様に、下記、永代経法要のご案内を申し上げます。

お知らせ

2025 彼岸会

9月22日から24日までの3日間お彼岸の行事を勤めます。此の岸から彼の岸に到る仏縁を頂く行事です。此岸とは煩悩の苦楽に明け暮れる娑婆の日常世界。死んだら終いという迷いの世界です。念仏者はこの娑婆界で老・病・死を修行して、仏智に目覚め、迷いの「我執」を捨てて信心一つで浄土のさとりにいたります。これを彼の国に到ると言う事から到彼岸と言います。

2025 追弔会

とりわけご生前中、お取り次ぎ頂いた本徳寺のお世話役様と本徳寺にご縁のあったご門徒のご苦労を忍ばせていただきます。この上は、先達の「いのち」を正面から見据え、阿弥陀仏が願われている「いのち」の真実に気づかせていただき、自らが納得のいく「いのち」の全貌を自覚する機会にしていただければ、これ以上のことはありません。つきましては、9月7日・日曜日・午後1時から亀山本徳寺本堂にて「播州門徒追弔法要」を勤修いたしますので、是非ともご参加下さいますようご案内申し上げます。

2025 灯籠会

今年も亀山本徳寺ではお盆に本坊骨者追総追弔法要を8月14日に左記修業いたします。この娑婆世界で、ご縁があり、ご恩があり、また仏縁を繋いでくださった先達の尊い命に深く思いを致し、仏恩報謝の念を顕されれば有り難いことです。私達、残された未生の者は、これから老・病・死を乗り越えて生き続けねばなりません。この五濁悪世のなかで信心の智慧を開いてさとりの浄土に会入するべく仏さまから願われている存在です。お寺の行事はそのことに気付く場ですので万難を排してご参拝ください。

2025 蓮如上人・歴代年忌法要

来たる5月11日、標記のご法要を下記の要領で修行いたします。 蓮如上人は中世の動乱期に、近畿・北陸を中心とする各所に寺内町を創設し、そのネットワーク化を通して今の本願寺教団の礎を築かれました。さらに、お念仏を西日本に広めるにあたり、いち早く御堂衆・空善を手配し、播州・英賀に本願寺の拠点を意図され、英賀本徳寺が創建された事は広く知られることであります。その他、上人は正信偈・和讃の読誦、御文章による平易なお念仏の領解など、宗門の基礎的な教学を確立されました。今に続く真宗寺院の伝道樣式は蓮如上人の才覚によるものです。このような歴史的な経緯を伺い、蓮如上人を開基とする本徳寺で今に続く仏縁を深く聞き開いていただきたく思います。

2025永代経法要

本徳寺では下記の通り、永代経法要が勤められます。「永代経」という名のお経が別にあるわけではありません。仏の願いに目覚めた人が尊いみ教と仏のお徳を子々孫々に伝えるために勤める法要です。死別を縁に人の命のありようと行く末を仏の願いの中に見出した人が、故人に代わって布施行をつくし、仏徳賛嘆の行に自参して故人との関係を成就させる浄土真 宗独特の営みです。さらに、この行事を通してより深く仏法を聞く機会に出会うことが肝心です。

過去のイベントギャラリーへ

亀山本徳寺で行われた様々な催しの樣子をご覧いただけます。

蝋燭能、音楽祭、映画ロケ、モダンダンス、書道展など、本徳寺ならではの空間を生かし多岐にわたる表現の場を提供しております。

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